合唱以外

矢代秋雄のピアノ協奏曲

いくつかのテーマがそのままの形で展開されていくのに随分と多様な印象があるし、ピアノがとても美しい。にもかかわらずものすごい人ごと感。

三善のヴァイオリン・ソナタについて、尾形敏幸が非常に高い評価をしていたのを読んだことがあった。 自分としてはあまり得意ではないというか、どのCDを聴いてももっといい演奏ができるのではないかと思ってしまう。高音がキンキンうるさいという印象があ…

四部作は『響紋』の「そこぬけぬ海も/そこぬけぬ空も/そこぬいてたもれ」を受けたものと見ることができるだろう。「(風のなかの/波のなかの/雲のなかの)骨」に対して死を受け入れる成り行きを示しているのだと思う。

三善晃の合唱曲とピアノ

三善は合唱とピアノの組み合わせを成り立たせるために、合唱の魅力の一部とピアノの魅力の一部を抑えているように感じる。それは曲中の合唱だけの部分やピアノだけの部分も含む。 多分他の方法はなくて、他の作曲家もいろいろ苦労しているのだろうと思う。萩…

『三つのイメージ』

あまり聴いてこなかった曲。詩が嫌だった。「燃えないゴミを押し付けるにあたって『贈る』とか言っとけばこっちがありがたがるとでも思ったか」とか、そういう感じ。 初演時に出演された方がこちらでその時の話をお書きになっている。語りについて三善晃と岩…

『彼岸花の幻想』(八村義夫)

季節には少し遅れたが。 八村義夫の作品の中では圧倒的に聴きやすい一曲。 ずっとヤバげな音が鳴り続けるために、終盤に現れるニ長調の部分まで何か不穏な幻のように感じる。

『駅』(『四つの秋の歌』)

まだ八月になったばかりなのに、夏の終わりの歌。 「山すそのあたりに〜近づいてきた」のところは少女の視点を想像しているところで、「次に運ばれてくるものを待っている」気分が表れている。で、これがあとの「こうして」という言葉で受け取られる。

『Finale』(『白く』の4曲目)

詩の後半部分。 「衰えた時」が「過ぎてゆく」のに対して、「地上の婚礼」が「おくれないやうにと」後を追うようにして過ぎていく、という風に読んだのだと思う。急速なテンポに変化するのはそのためだろう。

『五柳五酒』

CD『夜と谺〜三善晃 合唱の世界Ⅱ』の混声合唱版しか聴いたことがない。清水敬一の詩の朗読がいまいちだし女声の合の手も説明過剰な感じがして、そんなには聴かない。三善晃の治作編曲はつねに厄介だ。 元の歌曲の楽譜を持っていて、やはりこちらの方がよさ…

『霧の果実』への予断のこと

手っ取り早いお話としては、四部作の内の1・2・4曲目はそれぞれ、原爆で消し飛んで死ぬ、戦闘機で突撃して死ぬ、海の底に沈んで死ぬ、という(書いていて滅入ってくるが)ことだろうと思う。三善晃自身の解説も合わせると、『霧の果実』が何でありそうか…

『霧の果実』のチリンチリンという音

やっぱり風鈴を思い起こさせたいのだろうと思う。

『焉歌・波摘み』

子守歌を甘さとして聴いてしまう時もあったが、最近は違うように思えてきた。『ぼく』よりも後の曲と思うとそれなりの見方があるだろう、という気がした。 多分、海に沈んで死ぬ、ということを真剣に死の間際まで想像したときに、本当に子守歌が聞こえてしま…

かごめかごめの音は

歌詞が変化してきたように、音も変わってきたはず。わずかな音型も、この歌を伝えてきた人たちが望んだり許したり、勝手な思いを託したものなのだろう。

『響紋』の歌詞

たまに誤解している人を見かけるけれど、『響紋』の歌詞は宗左近ではなくて三善晃が書いたもの。宗左近は1820年ごろの童謡集からかごめかごめの歌詞を見つけて三善に送り、三善はそれを元に『響紋』の歌詞を作った。(三善は《鏡に写る声》(これはCD…

また『谺つり星』

『三善晃の音楽』のCDで8分40秒から8分55秒あたりの印象が非常に強い。 ここを聴いて感じるのはブラス的な快楽なんだけれども、この吹っ切れたような感覚は何だろうといつも思う。三善の曲でこういう感じというのは他にはないような気がする。

『谺つり星』だけど

空で死んだ人たちに関わる曲だから「星」なんだと思う。だけじゃ意味不明か。 戦闘機で体当たりするような死に方のことを描いているのだろう。この曲の同音連打はエンジンの音じゃないか。 『大白道』を思い出す。

「19458689」

『夏の散乱』の冒頭の音。 ドレファソドラドレ、と、低い音なので唸ってみる。 難しい音の並びではないが、どこか明るく、またぽっかりとした空漠感がある。 やっぱりあれこれ読み過ぎだな、と思うのだが、この印象が『その日−August 6−』の前書きの、「現実…

『夏の散乱』

CD『三善晃の音楽』で、繰り返し聴くのだが、『波のあわいに』などの文章からのイメージが強くて自由な状態で聴けていない感じがする。感受性の優れた人がうかつに聴くとトラウマになるんじゃないか、と思う。自分など鈍い人間だから気楽に聴いていられる…

『魁響の譜』

非常に字面がごついので、どれほど怪物的な音楽なのかと思っていたが、そのような曲でもない。 開館記念の作品ということで、開館以後ホールで行われるあらゆる活動に向けて、序曲のようなものを作ろうとしたのだと思う。対象が限定のないものであるために出…

『レオス』

この曲について書かれた文章などを読むと、どうやら安らぎの音楽ということらしい。そう思って聴いてそう思えないわけでもない。 話としては、レオスから永遠−死−安らぎ、がつながっているようで、三善晃自身による『レクイエム』と『変化嘆詠』のレコードの…

『谺つり星』

CD『三善晃の音楽』で、『谺つり星』を聴いている。 この曲は2回コンサートで聴いたのだが、というかその内1回はこのCDの演奏だが、どうもよく分からない感じだった。『チェロ協奏曲第1番』の印象や、なんだかメルヘンみたいなタイトルとか、作曲者の…

三善晃作品展Ⅰ 器楽・歌曲作品

En vers 円環と交差 歌曲集「聖三稜玻璃」 鏡 随風吹動 弦楽四重奏曲第3番「黒の星座」 Message Sonore 響象Ⅰ・Ⅱ Etoile a Cordes(弦の星たち)なんだか変な風に入れ込みすぎて、かえって何を聴いてるのか分からない感じになってしまった。 『En vers』の…

『彩夢−2本のクラリネットのための』

フォンテックのCD『クラリネット奏者・浜中浩一の世界』3枚組を買って、7分ほどのこの曲以外ほとんど聴いていないというもったいなさ。 5曲からなる小曲というだけで『五つの詩』と、また「夢を通して自分の幼時とめぐり遭い」という三善晃自身のノート…

さらにつたない話

『三つの夜想』の前後の変化は「痛み」の感覚の有無である、と以前書いたけれども、気分としてはその続きのようなもの。「共感とは、痛みに対してするもの」というのが、およそ自分の思いつきのようには思えないので、どこかで似たような言い回しを見たこと…

三善の管弦楽曲のCDが出るらしい

東京フィルハーモニー交響楽団による3回シリーズ〈三善晃の世界〉のライブCDが出るようだ。今月のレコ芸に載っていた。たしかカメラータ・トウキョウからだったと思うがきちんとは確認していない。 で、カメラータ・トウキョウのサイトを見てみたらその話…

「季節は秋からはじまる」について

『四つの秋の歌』(歌曲と女声合唱への編曲がある)について三善晃の書いた文章の中に、この文が出てくる。何年か前の8月下旬頃、これに納得した。なんというか、頓知的に。 「もうすぐ夏も終わりだな」と、思ったのだった。そうして、ふと思った。「もう*…