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今年のカンタートもプログラムを購入した。このコンサートの解説はマネージャーの横山琢哉が書いている。基本的には、演奏者に自身の解釈を賭けて解説して欲しいと思っているのだが、それはそれとしてこれまで目にしたことのない三善晃の言葉や作品成立の経緯が書かれており興味深い。特に『黒人霊歌集』の解説は、三善晃がなぜ黒人霊歌? という以前から不思議に思っていた点に関わる内容で、いくらかの納得も得ることができた。
黒人霊歌集であったこと自体については、プログラムの解説は八尋和美の意向があったということのように読める。引用されている初演時の三善晃の文章には、黒人霊歌を編曲するに当たっての心構えなどが書かれている。孫引きになるが一部だけ引用する。
編曲に当っての私の心構えは、霊歌の底に流れる明るさを尊ぶことにあった。いつかは主に召されて安らぐことが出来る、という彼等の信念を、今の私は、私なりに言い換えることに依って、彼等と共有することが出来、それは今、私自身の原風景を通りすぎる微風ですら、ある。
「私なりに言い換えることに依って」と言うのだが、三善晃が「主に召されて安らぐことが出来る」を「私なりに言い換える」とどうなるだろうか。
私事を重ねて心苦しいが、「チェロ協奏曲」作曲中の74年の秋、すれちがいで会えなかった母の死は、私の中で対極的だった生と死を、なごませた。死は生ではないにせよ、生は死の軌道であろう。その実感は、生死をも捨象する無の実感から与えられた。母その人は無の側に入っていったが、母の死は無のこちら側に残されている。(「弧の墜つるところ」)
最近まで私は、死とは、生の末端に小さなスフォルツァンドをつけてまたたく一点の光だと思っていた。それは、あくまで生の側の、かけがえのない一瞬間である。
しかし、自然は絶えず死を演じつづけてい、人の死は生者を風や流水に化身させるものならば、むしろ、死という永遠のうえに生は、途切れ途切れに続いているものではなかろうか。(「生の途切れに」)
こうして、死は、生の末端で小さい輝きを放つ出来事のように、私には思われていた。
だが、はたしてそうだろうか。二年前の初秋のある朝、私は、信州の高原の空へ消えてゆく母の煙を見上げていた。突然の死に接して、私は永別のかなしみに耐えるよりも共に焼かれることを希ったが、母を焼く煙が山肌を伝い、梢とあそび、蒼碧の空に溶けてゆくのを見ているうちに、ある種の安らぎ――慈悲の優しさのなかにたゆたう安心を、与えられていた。永遠の流れ(レオス)のなかにまず死があり、生はその上に、干潮になれば現われる貝がらのように、途切れ途切れに浮き現われているにすぎないのではないか。今の私という現世にしても、また。(『レオス』)
三つ引用した。最初は1974年の『チェロ協奏曲』について、1985年の個展の際の文章から、2番目は『遠方より無へ』に収められた、1975年の『変化嘆詠』に触れた文章、3番目は同じく『遠方より無へ』より、1976年の『レオス』の解説。『黒人霊歌集』を挟んで作曲された『変化嘆詠』と『レオス』について、作曲時の意識の連続性は後者2つの引用文から明らかだろう。また、母親の死に関する言及から、この連続性が単に後者の2作品の間に留まらず『チェロ協奏曲』の時期からの一貫したものであると考えられる。
「弧の墜つるところ」は1985年の文章であり、作曲順としては先行している『チェロ協奏曲』に触れたものではあるが、引用した部分はこの時期の思考の整理とみられる。「私の中で対極的だった生と死」と言うのだが、ここには生きている自分と分かたれた死者、という意味合いがあると考えられる。ここで引用した後には、さらに次のように書かれる。
覚書で宗さんは言う。「できれば、死者などと呼びたくない。殺されたために、わたしのなかの生者となっている。そして、わたしは殺した連中の一人なのである。どうして鎮魂がわたしに可能でありえようか」。「レクィエム」の弧は「わたしのなかの生者」を過ぎるだろう。(「弧の墜つるところ」)
ここで三善晃は自身にとっての「わたしのなかの生者」のことを言おうとしている。生と死が対極であればありえない「わたしのなかの生者」との宥和の可能性が、先に挙げた3つの文章での生死の捉え方の内に期待されているのだろう。
このように見るなら、「私なりに言い換える」という意味も推測できる。「主」は「わたしのなかの生者」に、「召される」は自身の死に、「安らぐことができる」はそこでの宥和に写像されるだろう。
「わたしのなかの生者」との宥和、と荒く言ってしまったが、そのような課題が1970年代半ばの作品では展開されている。これが課題となったことの起点には『レクイエム』があり、またこの課題の先に『詩篇』が作曲されるのだが、『黒人霊歌集』までを含めた課題意識の連続性の強固さを見るとき、その前後にある2つの作品の意味も反省する必要があるように感じられる。