2011-01-01から1年間の記事一覧
今更なのだけれど単純に、「わたし」と「きみ」は自身の意識と体、くらいに思っていいような気がしてきた。
シェーンベルクの弦楽四重奏曲第1番・第2番のCDを買った。逃すと次があるかどうか分からなかったので。
学生の頃、この曲の初演時の演奏のテープが入手できて(初演時とはタイトルが変わっている)かなり繰り返し聴いた。楽譜を見てみると、当初はスキャットだったところに歌詞が当てられていたりして、知らなければ普通なのだろうがちょっと不自然に感じたりも…
『黄色い鳥のいる風景』や『愛』は、この世に愛する対象があることによって過去や世界が本当のものになる、ということを言っていると思う。これは5分前仮説や胡蝶の夢みたいなものへの回答的なものでもある。 逆に、愛がなければ世界を偽りとすることもでき…
『詩篇』の歌詞は、宗左近の詩から大幅に組み替えられている。曲は一続きに演奏されるけれども、歌詞の各部分には原詩のタイトルの他に「はじめのはじめに」や「はじめのないはじめ」等々といった構成を示す言葉が付されている。歌詞を見ているとその意味や…
微妙な演奏。うまいけどすごくうまいわけではないし、正確だけどすごく正確なわけではないし。声が立派だけど機敏さに欠ける感じで、『小鳥が歌う』のリズムが野暮ったくて辛い。
『詩篇』を何度か聴いている。聴くのが苦しいことはないが、どこか近づきづらい。『レクイエム』よりも難しく、三部作の文脈としてイメージしてきたことからも当然ながらはみ出している。 むしろ「三部作」にするなどとは思っていなかったはずだと思う。三善…
早速購入した。『三善晃:混声合唱と管弦楽のための「詩篇」/レクィエム(日本プロ合唱団連合/東京都交響楽団/小林研一郎/NHK交響楽団/岩城宏之)(NHK「現代の音楽」アーカイブシリーズ)』
三善晃の男声合唱曲の中では、分かりやすい楽しさのある曲。つまりバカになって叫べるってことだけど。その一方、四手ピアノということで取り上げるには結構ハードルが高い。 もともと男声合唱団は多田武彦のおかげもあって、最小限の活動規模で成立しうる。…
圧倒的だった。倍音の取り扱いに何かの革新でもあったんじゃないか。
混声六連の合同曲だった。昔CDで聴いたが、あまり覚えていなかった。 正直、今歌う曲という気はしない。単純なところでは「人知の愚かさ」とか「人間悪」とか何様、とか。 とはいえ、すごい演奏だった。浅井先生お流石、という感じ。そうして聴かされてみ…
5月7日の演奏会に行ってきた。 東京大学柏葉会合唱団(三善晃『木とともに 人とともに』) 『生きる』はどうも苦手な曲で、あのベショベショに巻き込まれたくないなといつも思うのだけど、この演奏は良かったと思う。情感を表出する場面と丁寧に語る場面を…
『虹とリンゴ』『四季に』『交聲詩曲 波』っていうだけで嬉しすぎる選曲。その他も初期から近作まで。 解説は全体に軽め。『やさしさは愛じゃない』の「じゃない」の歌詞が女声にしかないという話が書いてあって興味深いが、これはどこかのブログで読んだこ…
樹の会の「合唱音楽の夕べ Vol.3 三善 晃ふたたび」があるなと思い、当日券に賭けてオペラシティに行ったところ、延期することに決めた、ということだった。 プログラムは当然出来上がっているし、払い戻しもしないといけないし、参加している団体だったらと…
少しずつ聴いている。別に似ているわけでもないけれど、どちらもきれいに音を鳴らそうとする。三善晃は比べるとすぐにぐしゃっと鳴らしたくなるようなのが面白い。
いくつかのテーマがそのままの形で展開されていくのに随分と多様な印象があるし、ピアノがとても美しい。にもかかわらずものすごい人ごと感。
『鳥のために』の1曲目、『手紙』で、「私の言葉の片鱗を唱えるでしょう」と歌うところがある。そこの男声が、「片鱗を唱えるのだ」となっていて、「のだ」はねーよ、と思ったものだった。 「それはない」と思うような歌詞の扱いというと思い出すものが幾つ…
iPodで歩きながら音楽を聴いていると普段とはだいぶ感覚が違う。合唱曲だと歌うときの感覚が妙に動きに関わってくるようだ。