「一瞬の望見」(1)

『遠方より無へ』の最初に載せられている、1970年のものとなているこの文章は、初出一覧に寄ればレコード『三善晃の音楽』のために書かれたもの。

最初に萩原朔太郎の「五月」の詩があるが、このことについては以前触れたことがある。

tooth-o.hatenablog.com

その前、文章の一番最初は次のように切り出される。

ときおりは、わずかな展望のきく場所に歩みかかる。一瞬の望見は、私に、私が余裕なく歩んでいたことをさとらせるにすぎないが。

「五月」を挟んで、「余裕なく」ということについての話が展開する。「余裕」と「迷う」「えらぶ」が、ここではほぼ同じ意味合いとして語られる。

余裕なく歩んで来た。十代の終わりから私は、ものを、あるいは生き方を、というべきであろうか、えらぶことができなくなった。

 

そうしてかくれ、心に棘の声を聴きながら、子供には由々しい背徳の時を、私は丹念に潰した。その快びを、私はえらんだ。ニ十歳ちかくまではそのように、迷うことができた。その快びの質感になじんでしまった。

「十代の終わり」「ニ十歳ちかく」と示された時点があり、その後から「えらぶ」「迷う」ということができなくなった、という。その時点が何なのか、触れたものがあるかは知らない。

「えらぶことができなくなった」ということについて。

たとえば生と死は、そのいずれかをえらぶことのできる二つの事柄ではなくなった。

あえて「五月」の後に、「たとえば」としてこのように書くのだが、30歳を前に自殺しようとしていたという話と合わせると、この「えらぶこと」のできなさは「選ぶまでもなく決まっている」というようなことではなさそうに思える。

この説明が、

ひとにぎりの縒から、一本がのこる。それを覚ることしか、私にはできない。

ということで、自覚的な選択のないまま選択肢が脱落し、脱落の経過と最後に残った選択肢に自分の意思や心情が残されている、という感じ方をしている。「欠落」と「乱丁の頁」もこれらに対応するだろう。