『大小』(上田真樹『そのあと』)

上田真樹の『そのあと』を練習することになり、今のところ一通りさらった段階となっている。

『そのあと』の楽譜の序文には「このところ、なんだか世の中がおかしなことになってきている。」とあり、その問題意識は特に2曲目『大小』と3曲目『十と百に寄せて』に示されている。

『大小』の詩の批判性は書かれた時期もありはっきりとしている。曲は馴染みやすいメロディーと印象的なダイナミクスをもち、つい歌いたくなるような調子となっている。楽譜は最初に付点のリズムを三連符として扱うよう指示があり、聴く上では風刺の軽さが出る一方、視覚的にはその付点リズムが全面的に使われていていかめしい印象がある。他の特徴として2・4拍の強調、終盤でのバスのD-Aの反復や半音で下降する音型などが目に付く。

半音の下降はまず低声に現われ、その後第一テノールにも現れる。これらは2拍単位で音が変化し、終盤では反行としての半音の上行から、四分音符での急速な下降につなげられる。共通の素材によりながら「ずり落ちるような状況の悪化」、「漂う不穏な空気」、「状況の切迫からの破局」といったことを描き出していると思われる。

こうして見たところ簡素に聞こえながらも非常に巧妙に作られているのだが、自分には本当にこれでいいのか、というような気分がある。「このところ、なんだか世の中がおかしなことになってきている。」と言って取り出すのが1960年代のアイロニーというのはおかしいのではないかと感じる。先に挙げた2・4拍やバスのD-Aは要するに「軍靴の足音」であり、そのような表現が戦争への批判となり得たのはせいぜい20世紀中のことではないか。

結局のところ、世の中に向けた批判意識が類型化して冷戦期の図式に帰着する、自分で言った「このところ」がどこかに行ってしまう、『大小』はそのような作品となっている。曲の洗練がこのような内容になってしまうところには、白けた気分にならざるを得ない。