三善晃とピアノ作品(1)

ピアノは弾けないしそれほど聴くこともないのでこのようなお題を掲げるには向かないのだが、少し思うことがあったので書いてみる。

きっかけはコンサート「未来に伝える三善晃の世界Ⅳ」の案内が届いたことで、今回はピアノ独奏のための作品を集めて開催されるとのこと。案内には「三善晃とピアノ」と題された文章があり、三善晃とピアノの関わりの深さと、それとは裏腹にコンサートに向けたピアノ独奏作品が非常に限られていることについて触れられている。ファンにとっては言わずもがなの話とも思えるが、奇妙なことではあり、けれどもその奇妙さについてあまり語られていないように思う。

三善晃のピアノ作品は、上の条件では今回演奏される5つの独奏作品だけとなるが、条件を緩めるならば連弾や2台ピアノのための作品もあり、また一方では子供のための膨大な作品がある。そして、初期のソナタや『オマージュ』シリーズその他の室内楽曲があり、ピアノ協奏曲他のピアノが重要な役割を持つオーケストラ作品がある。さらにはこちらも膨大な、合唱とピアノのための作品がある。こうして見るならばつまり、三善晃のピアノ作品は少ないとも多いとも言える。

三善晃自身がどのように言っているかを確認しておく。現在は日本合唱曲全集の『三つの抒情 三善晃作品集3』のブックレットで読めると思うが、「詩と声とピアノ―私の音楽」という文章でこのように書いている。

私はピアニストではない。ピアノで育ち、ピアノで息をし、ピアノで話をしてきていて、だが、ピアニストの”仕事”はできない。その私に、ピアノのためだけの作品は多くない。子供のための曲集や、試験用の初見曲などを除けば、協奏曲一曲を含めて数曲しかない。私のピアノ欲求は、きっと合唱曲のピアノ・パートで満たされているのだと思う。

また、カメラータ・トウキョウの『三善晃の音楽Ⅱ 円環と交差―岡田博美プレイズ三善晃』の作品解説の、『円環と交差Ⅰ・Ⅱ』の項にはこうある。

曲名の要因にもなった厳密な理論はあるが、それより「ピアノのために」とした副題の方が私には親しい。この遠慮知らずな題名は、ピアノが私に慣れすぎたために、却ってピアノ曲を書けないことの反動でもあろう。

前者に見られるように、三善晃自身にピアノ作品の創作への欲求はあった。後者、「ピアノが私に慣れすぎた」ことがその欲求を押し留めるように働いたということのようではあるが、それはどういうことだったのだろうか。素朴に考えれば作曲が容易になりそうなものではないか。

先に挙げた作品群をもう一度眺めてみる。引用した文章と見合わせて考えると、少数の「ピアノのためだけの作品」と、多数の「子供のための曲集」、やはり多数の「ピアノのためだけ」ではない作品がある、という風に整理することができるだろう。

作曲が容易になること自体が問題だった、と考えられる。子供のための作品ではその容易さを受け入れることが意味を持ち、合唱作品他のピアノ以外の楽器を用いる作品では、その楽器があることによってその容易さから離れることができたのではないだろうか。