nihonshijin.blog2.fc2.comこちらの記事が13回で完結となった。多数の資料に当たりながら書かれた文章に対して、自分はただ乗りするだけとはなるが、読みながら思ったことなどを書いてみたい。3つから4つほどの記事になると思うが、書き切れるかどうか今のところは分からない。
1 多田武彦の作品との関わり
『十一月にふる雨』を演奏することについて - tooth-o’s diary
この記事に書いたが、自分はそれほど多田武彦の曲が好きではない。また、男声合唱の活動は続けては来たものの非常にか細いもので、触れた曲は僅かに留まる。一方、男声合唱の曲として最初期に行き当たったのが『雨の日の遊動円木』であり、そこから『雨の日に見る』『雨』と演奏し、今に至るまで多田武彦の曲との接点が全くなくなることもなかったので、付き合い自体はそれなりに長い。選曲ではなにかと世話になり、好きでないこととは別に恩義のようなものはあるかも知れない。総じて言うと、男声合唱をやる中で必然という程度には触れているが関りは薄い、くらいの立ち位置だろう。
このように感想を書くのにあまり適切ではない立場からの話になるが、「多田武彦試論」を読んで感じたのは、「作曲家とその作品を愛するというのは本当にこういうことなのだろうか」という、疑いのような印象だった。
2 三善晃への関心について
その印象は、文中に描かれる多田武彦のファンたちの作曲者への関心のありかたと、自分が三善晃に関心を持ち続けてきたことの間に違いを感じることによっている。とはいえ、振り返ってみると、自分の三善晃への関心も色々と捩れた経過を辿ってきた、奇妙なものではあるのだった。そこで、自分がどのように三善晃とその作品のことを見てきたか、といったあたりを簡単に辿ってみる。
三善晃の作品を意識するようになったのは学生時代、何曲かを歌ったことが始めだったと思う。演奏した曲だけでなく選曲でもいくつか取り上げられるので、案外多数に触れることになった。とは言えその頃は特別に好むということはなく、そこから少しずつ馴染んでいく内に、いつの間にかファンのような感じになった。
その後、いつかの残暑の頃にふと、「三善晃でも聴いて、この重苦しい暑さに上乗せするか」とか変なことを思い、カメラータ・トウキョウの『交聲詩「海」~三善晃 合唱の世界』と、当時ヴィクターから出ていたピアノ協奏曲・ヴァイオリン協奏曲のCDを買った。この時の気分に近かったのは『歌集 田園に死す』などで、2つの協奏曲は正直なところよく分からない、という感じだったが、ともあれこの辺りからオーケストラや器楽方面の関心も広がっていった。
この時期、図書館の音楽の本を捲っては三善晃について書かれているところを探す、というよく分からないことをやっていた。この奇行を通じて主要な作品について多少の知識を付けたが、当時は「三部作」も『響紋』以外は聴くことも難しい状況で、実際に触れられた作品もそう多くはなかった。また、自分の挙動も三善晃のファンというよりは三善晃を分かるような体でいたかっただけのような気がする。
このあたりが大体1990年代のことで、「最近の三善晃は今一つ」というような言われ方もされ、栗山文昭などがそれに異を唱えるといったこともあったようだ。自分はCDにもなった「四部作」の全曲演奏会を聴きに行けたが、それもあまり良く分からないという感じだった。
2000年代に入ったあたりか、自分が三善晃を追っていることが変に意固地になっているだけのような気になり、また新しい作品があまり良くないという見解にいくらか同意する気持ちもあって、三善作品からやや距離ができた。離れ切ることもなかったにしろ、三善晃への関心を取り戻したのは2007年11月18日のコンサート『藤井宏樹&松下耕指揮によるJOINT CONCERT 三善晃の作品をあつめて』を聴きに行ったためだった。
去年の11月というともう半年前 - tooth-o’s diary
この演奏会で出会ったのが2004年に作曲された『女声合唱とピアノのための 虹とリンゴ』で、ブログを始めたのもこの曲のことを考え、伝えるためという面があった。さらに、90年代の作品の評価についても、その意味を自分なりに納得することができるようにもなった。その後は機会を得ればコンサートにも出かけ、新しいCDを買い、このブログを細々と続ける、という調子で現在まで至っている。
三善晃を聴き続けるときには、三善の問題意識と自分との距離感が問題になる部分がある。単純な話、三善の問題は自分の問題ではない訳だが、そこを混同したりするようなことも起こる。
Tokyo Cantat 2016 やまと うたの血脈 Ⅶ 大和の和は 平和の和 そして太平〜三善 晃からの伝言〜 - tooth-o’s diary
自分も長らくそうした状態にあったと今は思うのだが、できるだけそうではないようにしたいという気持ちがある。
3 ある作曲家について関心を持ち続けることについて
三善晃の「三部作」「四部作」が『レクイエム』の問題意識一辺倒で語られること、また90年代の作品に対する問題は、今回の多田武彦の語られ方と微妙に似ているようにも感じられる。「試論」では、多田武彦の初期作品が愛されていることが語られ、後期の作品については「これじゃない」という言い方がされている。であるなら、多田の初期作品の何を愛してきたのか、それは多田に属する性質だったのか、さらには多田がどのような意識をもって変化してきたのか、と考えることが必要なのではないだろうか。その変化に追随するかどうかは勝手であるにしろ、変化の意味を追うこともなくただ切り捨てるのであれば、単に作曲者への関心が薄いということではないか。