『三つの夜想』の前後

三善の曲について「語る」のが主眼である場合、『三つの夜想』は非常に重要だと思う。この曲の前と後では作られた曲の印象がはっきり変わっている(この年代の曲をすべて聴いたわけではないけれども)。
90年代あたりに「最近の三善の曲はあまり良くない」みたいなことが言われていたようで、当時は自分もそう思っていたし、栗山文昭は「そういう風に言われるけれども、決してそうではない」とコンサートのプログラムか何かで書いていた。この曲がその「最近」の境目(以前・以後のどちらに属するかという問題もある)だろう。