『じゆびれえしよん』

信長貴富の曲にはまるで愛着がないのだが、お江戸コラリアーずの第11回演奏会のCDを購入したので『無伴奏男声合唱曲集 じゆびれえしよん』も聴いたのだった。気に食うところも食わないところもありつつ、それなりに趣深い曲が続いていたところに終曲、表題曲でもある『じゆびれえしよん』が来てしまいややげんなりした。全体の調子が変に相対化されてしまい、ここまでやってきたことは何だったんだ、という気分になった。

それはそれとして、この曲について次のブログ記事を見つけた。更新されていないようなのだが、こちらの方は自分とは違って曲集に真剣に取り組んでいたようで、ブログに各曲の詳しい解説記事を書かれている。

じゆびれえしよん(山村暮鳥 / 信長貴富) - Londaの音楽日記

この曲について、「キリストの磔刑のパロディ作品ではないか」との指摘がされている。また、繰り返される「晝の十二時」の詩句についても詳しく触れている。

次の指摘が興味深い。

ちなみに大章魚の描写はBassソロ、周りの描写はTenorソロ、そして「晝(ひる)の十二時」を残酷に歌うのがtuttiというように分担がはっきりなされていると解釈可能である。

この点について思い付きを言うが、曲も受難曲のパロディということではないだろうか。つまり、バスのソロがキリスト、テナーのソロが福音史家、という割り当てを踏襲しているのではないか。