『Jesu, meine Freude BWV227』

お決まりの「対象構造」が語られてしまうわけだ。が、そんなの言われても困ってしまう。3曲目、7曲目のほとんどまんまなコラールと5曲目、9曲目がコラールの変奏だからで同カテゴリにされても聴いている感じとしてまるで別物だし、その5曲目と9曲目が対応してるとかむしろどう納得すればいいのか。
2曲目と10曲目が「なぜ」「どのように」同じであり変化しているか、とかの方が聴く助けにはなるかな、と思う。

1度だけBCJの演奏会に行った際に、配置されていた資料に"Geist"が「風のようなもの」と思われていて、細かいメリスマがその象徴として使われる、というような内容が書かれていた。「命の息を吹き入れたまえり」のあれか、と何となく納得。で、6曲目のフーガ(モテ3だと「対象構造」とこのフーガの話しか出ない印象。描写は"Geist"が"in euch wohnet"「私たちの内に宿っている」という所まで至っている)と8曲目でこの対応が強調されて、第10曲最後のソプラノで焦点を結ぶように出来ている。