たとえば生と死は、そのいずれかをえらぶことのできる二つの事柄ではなくなった。
幼時、病上がりの日に、自由学園校舎裏で、老齢のロバの脚元にしゃがんでいた。そうしてかくれ、心に刺の声を聴きながら、子供には由々しい背徳の時を、私は丹念に潰した。その悦びを、私はえらんだ。ニ十歳ちかくまではそのように、迷うことができた。そうして、その悦びの質感になじんでしまった。
かつて、死も実質だった。いまは、それも形骸となった。
話が遡るが、「死」について。3箇所引用した3番目、「死」が実質であるというのは、1番目の言い方からするならば、「生と死がそのいずれかを選ぶことのできる二つの事柄である」ということだろう。そのように言う「死」というのはつまり自殺なのだが、要するに意志的な選択としての死のことを「実質」と言っている。
2番目の文章は何を言っているのだろうか。この話がここに挟まれる意味を考える内に、「ニ十歳ちかくまで」の「刺の声」とは、「まだ死なないのか」ということだったのではないかと思えてきた。つまり、「死なないのか」という「刺の声」を聴きながら生き続ける「背徳の時」を潰す悦びに馴染む内に「ニ十歳ちかく」に至ってしまった、という経過を言おうとしているのではないだろうか。
前回の続きでは、「古典」という話が現れる。これはソナタ、ソナタ形式から続く話と見られる。
ソナタに精神なんかありはしない。あるのは形式だけだ。そして形式は精神の形をしている。精神はそれを、アプリオリに承認している。芸術の形式と、それを完成した人間たちのあいだには、そのような自明な関係があった。
「一瞬の望見」では「承認している」までの引用になっているが、これは引用元の、『弦楽四重奏曲第1番』の解説文に書かれている。要するに「ソナタ形式は、ソナタ形式を完成させた人間たちの精神の形をしている」と言っており、そこから次には自分自身の「精神の形」をした「形式」を求める、という形に話が展開する。
それだけが、「精神の形」をなぞるはずだった。
「逸脱した愛」が楽器たちが生むはずの音を予感の小昏みにたしかめる、その感取者が「精神の形をなぞる」。その「精神の形」を通じて、
精神の形をして、私の「古典」は近くにいる、と思った。
「形式」と「古典」が結び付けられている。「精神の形」を求めることで「古典」に至る、という経路が想定されているように読める。
一方、その「古典」について、
ある自然の摂理に、はからずも出遇う。はからずも出遇ったことをさとる。それが「古典」の体験であろう。
としており、この次の田中希代子のピアノに関する文章は「古典の体験」の例示として引用されていると見られる。
この先が、よく取り上げられる「ロマン的なるもの」へと繋がっていくが、この言葉も「古典」との関係で現れてくる。