『Agnus Dei』(Samuel Barber)

自身の歌い手としての活動は全く貧しいものだが、それでも長く続けているとこのような曲を演奏する機会が巡ってきたりもする。が、酸欠で知性が飛ぶのか、しょうもない数え間違いが練習では頻出している。対策を兼ねて考えていた内輪向けの簡易的な解説を書いておく。

曲の作りを大まかに言うと、冒頭からソプラノによって歌われる旋律が中心となり、他声部が和音を鳴らしていく。この旋律は以降、完全五度下のアルト、そこからさらに完全四度下でバス、テノール、アルトの受け渡しによって

冒頭のソプラノを基にこの旋律について、始めの歌詞”Agnus Dei”の部分をA、続く”qui tollis peccata mundi" の部分をB、再び"Agnus dei qui tollis peccata mundi" と歌う部分をA’、”qui tollis peccata mundi" と歌い直すところから"miserere nobis" までをC、と便宜的に区分してみる。A'はAを一通り歌ったところから減五度跳躍して半音下がる、長い音符が加わった形をしている。各部分の長さはラフに数えてAが3小節分、Bが4小節分、A’が5小節分、Cが6小節分となっている。便宜的と言うのはAとA’の小さな差異を区別しながら毎回形の異なるCの部分をひとまとめにしている点を含む。

この旋律の仕掛けについて、4点を取り上げる。

  1. 旋律の始まり方
  2. Aの部分の形
  3. A’の長い音
  4. Cの2分の6拍子
旋律の始まり方

曲の最初に明確に提示されるが、まず旋律が長い音を歌い出し、次いで和音が鳴らされる、という形になっている。最初のみソプラノが4拍、和音が2拍となっており、以降B、A’の歌い始めではソプラノ2拍、和音1拍になる。以後のアルトや男声も同様なのだが、ここで旋律が和音を聞かずに動きだしたり、和音が旋律の歌い出しへの指示につい反応して歌い出してしまったりする間抜けな事故が起きる。

この作りが旋律の始まりを印象の強いものにしている。逆にアルトによるAの歌い始めのようにこの段取りを踏まない短い音から始まった場合、旋律の始まりが意識されず、ソプラノのCの裏で動いているような印象になる。

A’の長い音

旋律の大部分は四分音符の並びとなっているが、跳躍の音とそこから下降する音はともに長く、この音だけではやや間延びした印象になる。ここは他の声部の動きを聴かせる部分で、ソプラノの最初の部分ではソロによる高い音が現れる(このソロの動きは減五度跳躍-半音下降でA’の末尾の動きと同じ)。次のアルトの場合はバスの10度の跳躍が入り、3回目、テノールの所ではアルト、ソプラノによるオクターブの跳躍の連続が挟まれ、次の展開へとつなげられる。

Cの2分の6拍子

付点二分音符+四分音符3個のリズムが現れ、和音の変化とともに印象的な部分。拍子としては3+3の6拍子で、ソプラノ、アルトそれぞれのCの途中に現れる。が、3回目、テノールからアルトに引き継がれる部分では、このリズムが4拍子+3拍子と1拍引き伸ばされて強調される。演奏の効果も非常に大きい所なのだが、この頃には歌い手の意識も曖昧になり、惰性でうっかり6拍子のリズムのまま歌ってしまったりする。

Aの部分の形

重要なので後ろに回したが、この部分は非常に特徴的な形をしている。拍子との関係もあり、また歌詞が付いていると意識しづらいが、階名により(臨時記号等細かい点は適当にして)ラ、ソラシ、ソラシ、ラシド、ラシド、シドレ、シ、とすれば分かりやすいだろう。順次進行による3つの音の繰り返しが、また順次上行していく。

最後は下がって終わり、そのことがA’での大きな跳躍にもつながるのだが、この動きはつまるところ、上行しながらもシドレからミに行けない、という展開を繰り返している。そして、上の「A’の長い音」で触れた3回目のところからソプラノ、アルトと元の旋律の流れから外れた形でAの旋律を(最初のソプラノからは完全四度上で)歌い出し、さらにソプラノが歌うところでついにミ(元の調で言えばラ)に達し、曲のクライマックスとなっている。

続く弱音によるDona nobis pacem も重要だがさておき、終結部、A、B、A’をまとめたような旋律(A’の要素は高音のところ)が歌われ、最後はAから最小限の要素を取り出した音型で終わる。