『南海譜』

新実徳英は『白いうた 青いうた』から多数の編曲集を出していて、所属している男声合唱の団体でステージを持つことになった際に、それらの中からこの『南海譜』を歌うことになった。

『白いうた 青いうた』の中では『就職』『自転車でにげる』『われもこう』の3曲程度しか好きと言える曲は無いのだが、『南海譜』は歌ってみると実に気持ちよく鳴る曲で、自分の好感としては前3曲に次ぐ位置にある。

知られているように、『白いうた 青いうた』では旋律に対して詩が後から付けられているわけだが、あまり翳りのないこの曲に対して、詩は重いものを含んでいる。

太平洋戦争で南洋に沈んだ船の詩であるのは、まあ明らかだろう。そこからの、経過した時間が、詩には様々に織り込まれている。「さびる錨」などはシンプルだが、「魚よ 魚よ おなじ骨ぞ」も船が竜骨などを残してボロボロになっていることを表現している。各連の最後の行、「あわれ 時の 椰子の高さ」「あわれ、時の 珊瑚の赤さ」はそれぞれ「ああ、時が経って椰子の木があんなに高くなったな」と「ああ、時が経っても珊瑚は変わらず赤いな」ということで、時間が過ぎたことで変わったことと変わらないことという対比になっている。「わかい祖の こえの泡だち/孫よ 孫よ おなじ年ぞ」の意味も明白だろう。

曲の穏やかさと明るさに対し、不相応な深刻さを感じさせずに、容易でない内容を盛り込んである。印象で言えばやや技巧に寄りかかりすぎという気もするが、面白い曲と詩の結びつきになっていると思う。