2025年10月21日(火) 19:00開演
指揮 カスパルス・プトニンシュ
- ペルト:マニフィカト(1989)/ヌンク・ディミティス(2001)/石膏の壷を持つ女(1997)/鹿の叫び(2007)
- ヒルボリ:Mouyayoum(1983~85)
- R.シュトラウス:《2つの歌》op.34から「夕べ」
- リゲティ:ヘルダーリンによる3つの幻想曲(1982)
- S=D.サンドストレム:4つの愛の歌(2008)
- B.ビーストレム:グローリア(2025)
世界最高峰の合唱団と言われるスウェーデン放送合唱団の演奏会。個人的な印象はエリック・エリクソンの頃に遡り、近年の活動については把握していない。今年は創設100周年とのことで、そうした機会に聴く機会を得られたのは嬉しい。
アルヴォ・ペルトの『マニフィカト』の歌い始めは、これほど声に余裕と安定感がある演奏はなかなか聴けないというほどのものだった。強弱の変化にも揺らがない響きの透明感も素晴らしく、ペルトのマニフィカトとはこういう曲、と思うもの、思われているものの、ほとんど理想のような演奏だっただろう。
ここで妙な言い方をしているのには一応理由がある。今回3階席の、前かがみにならないと指揮者の見えない席で聴いていたのだが、そうして覗き込んでみたプトニンシュの指揮ぶりは歌に対して妙にゴツゴツとして見えた。静謐、といった言葉の合いそうな合唱団の演奏に対して、指揮者は言葉の表出力やフレーズの起伏をもっとはっきりと打ち出したいようだった。指揮と合唱の描くものに齟齬がある、という風に自分には感じられた。
生誕90年ということもあり、ペルトの曲がさらに3曲。合唱曲を書いている印象はあったにもかかわらずあまり聴いたことがなく、「ペルト」という抱えたイメージと曲のスタイルの幅の間でやや落ち着かないまま聴くことになった。
次にアンデシュ・ヒルボリというスウェーデンの作曲家の作品が演奏された。作曲者によると「音色・拍節・強弱に関して最大限の精密さを目的としたエチュード」とのこと。特殊な唱法を含み複雑な音を鳴らすのだが、案外普通に協和音も鳴り、指揮者をまた見てみると割合淡々と四拍子を振っていて、音色以外の作りは案外単純なのではないかと思えた。長さに対して興味を維持し続けるのが難しく、合唱団のスペックは見せられるものの聴く側も楽譜を見ながらでないと面白くならない曲ではないか。
ここまでが前半で、休憩が入った。休憩中はフロアを眺めて回り、新実徳英がビュッフェに並んでいるのを見かけりもした。
後半の最初がリヒャルト・シュトラウス。改めて見返すとこの曲だけが19世紀の作品で、他は今世紀か20世紀、それも第二次大戦からもだいぶ後の作品だった。また、プログラムには詳しくなかったが休憩前のヒルボリ、休憩後最初の『夕べ』、次のリゲティと16声の曲が続いていたのを後から知った。で、この『夕べ』がやや問題だった。声部の多さ、1パートの人数の少なさによる声質の揃わなさや、八分音符と三連符のようなそれ自体は複雑ではないはずのリズムの整わなさが露出した。さらに、最初に挙げた指揮者と合唱団の言葉、フレーズ、リズムの処理の齟齬がこの曲にはっきりと表れた。終盤では、プトニンシュは和声の展開に合わせてテンポを前に進めようとしているのに合唱が声の伸び方に沿って逆にテンポをもたつかせ、両者が明確にずれるのが見て取れた。ここでは歌唱が惰性的であり、プトニンシュが正しかったと考えている。
次のリゲティ『ヘルダーリンによる3つの幻想曲』が聴いていて遥かに複雑な印象にも関わらず見事な演奏となるところが面白い。冒頭を聴いたところからいかにもリゲティという音が鳴り、(その印象はほぼ『Lux aeterna』一曲によるものだが)隙のない演奏を展開した。ちなみに解説はこの曲について「その内容を言葉になりきらぬ声で表現する」と書くのだが、実際には聞かせたい言葉が明確になるように曲は書かれていたようであり、それ以外についてもほとんどの部分は聞き取れるようになっていたと思われる。
サンドストレムは、最も音の密な曲の後でやや歌う側聴く側ともに緩んだ感があった。ディテールは様々あったはずだが、『夕べ』での演奏者内の齟齬とリゲティの押し寄せる情報量の後で、細部を追う意識にならなかった。
ビーストレム『グローリア』は合唱団の100周年に伴い委嘱した作品とのこと。それなりに賑やかな、という程度の把握で聴き終えてしまった。その後はアンコールを3曲まで聴いた。
合唱団としての実力はまぎれもないもので大いに楽しんだが、それでもなお隙はあるものだとも感じた。このような団体でも難しさは案外アマチュア団体と同じようなところにあるもののようで、そのことも面白かった。演奏の出来栄えから見ると合唱団は現代的な作品に適応しておりパラメータ的、プトニンシュはより伝統的、音楽史的なスタンスがあったような気がする。