Tokyo Cantat 2026「三善晃と声 – ミンナデイッショニ ハ・ナ・イ・チ・モ・ン・メ –」

2026年5月3日(日) 17:00~ すみだトリフォニーホール 大ホール

  • 女声合唱のための組曲「月夜三唱」(1965)
    指揮:石橋遼太郎
    ピアノ:岩本果子
    合唱:女声合唱団 ぱるらんど
  • 合唱組曲「五つの童画」(1968)
    指揮:森田悠介
    ピアノ:松元博志
    合唱:scatola di voce
  • 「黒人霊歌集」混声合唱のための(1976)
    指揮:清水昭
    合唱:合唱団ひぐらし
  • 女声小品集
    村松英子/空を走っているのは・北原白秋/爪紅・谷川俊太郎/かなしみについて・立原道造/麦藁帽子

    指揮:栗山文昭
    ピアノ:斎木ユリ
    合唱:合唱団るふらん

  • 宗左近  「縄文土偶」男声合唱とピアノのための(1981)
    指揮:真下洋介
    ピアノ:松元博志
    合唱:合唱団WAKAGE NO ITARI
  • 谷川俊太郎:詩「やさしさは愛じゃない」混声合唱のための(1999)
    指揮:吉田宏
    合唱:Coro Ponte
  • 宗左近  「交聲詩曲 波」(2001)
    指揮:藤井宏樹
    ピアノ:斎木ユリ・須永真美
    合唱:交聲詩曲波を歌う公募合唱団/児童合唱:すみだ少年少女合唱団(合唱指導 甲田潤)

トウキョウ・カンタートは三善晃の作品を集めたコンサートを頻繁に行うのでありがたい。とはいえ、個別の団体の熱意や演奏の水準に対して全体的な企画の魅力が足りないのは否定しがたいところだろう。今回の「ミンナデイッショニ ハ・ナ・イ・チ・モ・ン・メ 」というのはプログラムによれば1991年の東京現代音楽祭に対して三善晃が考案したタイトルとのことで、35年も古い上に三善晃によりかかったものであり、もはや創造力も感性も死んでいるという印象がある。

若手・中堅の指揮者と最近活躍している団体に三善晃を歌わせたい意図があったようで、特に最初の2団体は実力を発揮して見せたと感じる。

『月夜三唱』

2023年のゆめの缶詰の演奏が印象的だったが、今回も優れた演奏を聴くことができた。合唱は美しい声で音程も良く、旋律表現も充実していた。特に『月の光 その二』の弾けぶりが愉快だった。また、ピアノは終始優れた表現を聞かせてくれていた。あえて何か言うとすれば清楚な歌いぶりが問題で、表現の幅がその分狭い。その点でゆめの缶詰の声の色の自在さとその適切な表出を上に置きたい。

『五つの童画』

結構大きな事故があったことも含めて、ライブ感の強い演奏だった。scatola di voce は5月末にコンサートを予定しているらしく、、そこではこの曲は歌わないのだから、かなり限られた練習回数でステージに持ち込んだのではないかと推察される。

良く知られた実力派の団体であり、非常に立派な声で歌っていたのだが、その結果童画というよりもむしろ4K放送の残虐ドラマといった風情の演奏になり、ほら貝の妄想以外は何か違わないか、という感があったものの、それはそれで聴き手を引き付ける力にはなっていた。3曲目、4曲目ではそれが演奏の方向性を混乱させていた印象はあるが、最後の『どんぐりのコマ』では格別の魅力となっていた。

『黒人霊歌集』

きちんと聞いたのは東京混声合唱団の動画で、生で聴く機会があるとはあまり思っていなかった。指揮者の清水昭は自在かつ精緻な解釈を見せていたが、合唱の声がやや届いてこないためにそれを十分に聴き取れたとは言えない。それでも聴けた範囲だけでも作品の聴き手を揺さぶるような魅力は感じられた。

『空を走っているのは』・『爪紅』・『かなしみについて』・『麦藁帽子』

今回の栗山文昭は、精緻な表現によってこれらの作品の魅力を味わわせてくれた。『空を走っているのは』『麦藁帽子』はひたすら素晴らしく、また『かなしみについて』を今の栗山の指揮で聴けたのも幸福なことだった。

こうした小品は「良い曲だな」と思えば良い曲であるという安心感がある。『レクイエム』を良い曲という語り方をする意味があるか、といったような意味だが。

『縄文土偶』

比較の問題かも知れないが、かなり残念なステージだった。音楽的な作り込みの水準について、合唱がピアノにまるで追いついておらず、表現として分離して聞こえてしまった。歌唱が言葉にもフレーズにもならず、バラバラの音と発音にしかなっていなかった。指揮も大学の学生指揮者のようで、全体像を持たずに個々の記号に振り回されているように見えた。大体にしてこの曲を一聴分かるように演奏する意思を持たないというのは志が低すぎる。

『やさしさは愛じゃない』

憧れの、というのはリップサービスだったか、音の情念に比べて割合あっけなくさらさらと歌い進んでいった。そうした演奏なりに、特に4曲目と5曲目は強烈な印象を残す場面は用意されており、演奏も力を発揮していた。

『交聲詩曲 波』

この曲を聴くのは3回目で、全て藤井宏樹の指揮によっている。前回は2023年のトウキョウ・カンタートで、指揮者の腕が二重振り子のようにギュンギュン動くのが面白かった。今回は自身の手勢ではなく公募合唱団のためか、むしろ表現の要点を示していくような指揮ぶりで、聴く側としては分かりやすかった。バランス的にピアノが弱くなってしまったことを除けば、明快で優れた演奏だったと思う。

アンコールに栗山文昭の指揮で『夕焼小焼』。段取りなど怪しかったが演奏自体は聴けて良かったと思えるものだった。

ここ数年の、どこを切っても隙のない超絶的な名演、というようなコンサートではなかったが、各ステージに魅力があり、演奏の頻度が低い曲も聴けて満足度は高かった。この先もこうした企画が続くのかどうか。